映画『殺人の追憶』の感想|犯人を知りたいのに、最後まで答えが出ない怖さ
この映画は後味が悪い。
いい意味で。
韓国映画『殺人の追憶』は、実際に起きた連続殺人事件を題材にした作品。監督は『パラサイト 半地下の家族』でも知られるポン・ジュノ。
1980年代の韓国で起きた連続殺人事件を追う刑事たちの姿を描いている。
普通、連続殺人事件を扱った映画なら、犯人は誰なのか、どうやって捕まえるのか、最後にどんな真相が待っているのか。そんなところが気になる。
ところが、この映画はちょっと違う。
犯人を追えば追うほど捜査は混乱し、刑事たちは焦り、観ているこちらまでイライラしてくる。
「早く捕まえてくれよ!」
何度そう思ったことか。
しかも、事件を解決してスッキリ終わるような映画ではない。むしろ、観終わったあとに何とも言えない気持ちが残る。
それなのに、目が離せない。
この作品のすごいところは、犯人探しだけでなく、犯人を追う人間たちの情けなさや焦り、怒りまで見せてくれるところだと思う。
そして、最後のあの視線。
あれは本当に忘れられない。
『殺人の追憶』は実話?実際に起きた華城連続殺人事件とは
この映画の題材になったのは、韓国で実際に起きた「華城連続殺人事件」。
1986年から1991年にかけて、韓国の京畿道華城周辺で女性たちが次々と殺害された事件だ。
当時の韓国社会を震撼させた事件で、警察は大規模な捜査を行ったものの、長い間、犯人を特定することができなかった。
映画が公開された2003年の時点でも、事件は未解決だった。
だからこそ、この映画には独特の重さがある。
作り話なら、最後に犯人が捕まって事件が解決するという展開もできる。でも、現実にはそうならなかった。
ちなみに、この事件は映画公開から16年後の2019年、大きな動きを見せる。
別の事件で服役していたイ・チュンジェという男のDNAが、過去の事件の証拠と一致したことなどから、警察が捜査を進め、本人も関与を認めた。2020年には警察が再捜査の結果を公表している。
ただし、映画は実際の事件をそのまま再現した記録映画ではない。登場人物や出来事には映画としての脚色がある。
ここは押さえておきたいところだ。
僕がこの作品を観ていて感じるのは、事件そのものの恐ろしさだけではない。
当時の捜査がどれほど混乱していたのか。そして、犯人を捕まえられない焦りが、刑事たちをどんどん追い詰めていくことだ。
実話を知ってから観ると、また違った怖さがある。
ソン・ガンホ演じるパク刑事が人間臭い!田舎の刑事とエリート刑事の対立
この映画でまず目を引くのが、ソン・ガンホ演じるパク刑事だ。
地元の刑事で、経験と勘を頼りに捜査を進めていくタイプ。
ところが、その捜査方法がかなり強引だ。
証拠が足りなくても、自分の勘で犯人を決めつけてしまう。容疑者を追い詰めるためなら、乱暴な取り調べも辞さない。
いやぁ、刑事としてそれはどうなんだと思う場面も多い(笑)。
一方、ソウルから派遣されてきたソ・テユン刑事は、証拠を重視する冷静なタイプ。
この二人の考え方がぶつかるところが面白い。
パク刑事は地元の人間関係や経験を頼りにする。ソ刑事は現場の状況や証拠から犯人を絞り込もうとする。
どちらが正しいのか。
観ていると、最初はソ刑事のほうがまともに見える。でも、捜査が長引くにつれて、彼自身も冷静さを失っていく。
ここが何ともつらい。
最初は正義感を持って捜査に臨んでいた人間が、事件にのめり込むうちに変わっていく。
犯人を捕まえたい。その気持ちはわかる。でも、捕まえたいという思いが強くなりすぎると、目の前の人間が本当に犯人なのかどうかさえ見えなくなってしまう。
この映画は、そんな刑事たちの変化を見せてくれる。
ソン・ガンホの演技も素晴らしい。
情けないところもあれば、笑えるところもある。でも、事件に向き合う姿には人間臭さがある。
最初は頼りなく見えるパク刑事が、最後にはまったく違う表情を見せる。
この変化は、ぜひ注目してほしい。
捜査はなぜ迷走したのか?証拠より勘、そして取り返しのつかない過ち
この映画を観ていて、何度も腹が立つのが警察の捜査だ。
証拠をきちんと調べるより、怪しいと思った人物を犯人に仕立てようとするような場面がある。
容疑者への暴力や、無理な自白の強要まで出てくる。
もちろん、当時の捜査環境には今とは違う難しさがあったのだろう。DNA鑑定などの科学捜査も、現在ほど進んでいなかった。
それでも、やってはいけないことはある。
犯人を捕まえたいという気持ちがあっても、無実の人間を傷つけていい理由にはならない。
しかも、本当の犯人が捕まらなければ、被害者や家族の苦しみは終わらない。
ここは観ていて本当に腹立たしい。
そして、この映画が怖いのは、刑事たちが特別な悪人として描かれているわけではないところだ。
彼らも事件を解決したいと思っている。被害者を出したくないという気持ちもある。
それなのに、焦りや思い込みによって判断を誤っていく。
人間は追い詰められると、こんなにも視野が狭くなってしまうのか。
そう考えると、単なる昔の警察の失敗として片づけられない。
今の時代だって、思い込みや噂、ネット上の情報だけで誰かを犯人扱いしてしまうことがある。
一度「この人が怪しい」と思い込むと、その人に都合のいい情報ばかり集めてしまう。
この映画を観ていると、そんな怖さも感じる。
パク・ヒョンギュは犯人なのか?最後まで消えない疑いと焦り
物語の後半で登場するのが、パク・ヒョンギュという男だ。
演じているのはパク・ヘイル。
彼の登場によって、捜査はまた違った方向へ進んでいく。
それまでの容疑者とは違い、どこか普通で、感情を表に出さない人物。刑事たちは彼を疑い、何とか犯人だという証拠をつかもうとする。
観ているこちらも、だんだん彼が怪しく見えてくる。
でも、本当に犯人なのか?
決定的な証拠がない。疑わしい部分はあるけれど、それだけで犯人だと決めつけることはできない。
このもどかしさがたまらない。
「こいつが犯人だろ!」
そう思った次の瞬間に、また疑問が出てくる。
映画の中では、犯人を特定できないまま物語が進んでいく。だからこそ、観客も刑事たちと同じように迷い、疑い、焦らされる。
普通のサスペンスなら、最後には答えを出してほしいと思うところだ。
でも、この作品はそうしない。
現実の事件が未解決だった時代に作られた映画だからこそ、簡単に答えを用意するわけにはいかなかったのかもしれない。
『殺人の追憶』のラストシーン考察|少女の「普通の顔だったよ」が怖すぎる
そして、忘れられないのがラストシーンだ。
事件から年月が経ち、パク刑事はかつての現場を訪れる。
そこで出会った少女から、以前にも同じ場所を覗き込んでいた男がいたと聞かされる。
パク刑事は、その男がどんな顔をしていたのか尋ねる。
少女の答えは、
「普通の顔だったよ」
この一言が、ものすごく怖い。
犯人というと、どこか普通ではない人物を想像してしまう。顔つきや雰囲気に、何か異常なものがあるのではないかと思ってしまう。
でも、少女の言葉はそんな想像をあっさり壊してしまう。
どこにでもいるような普通の人間だった。
もしかすると、すれ違っていても気づかなかったかもしれない。隣に住んでいても、同じ職場にいても、不思議ではない。
そう考えると、急に身近な恐怖に変わる。
そして、最後にパク刑事がカメラをまっすぐ見つめる。
あの目が忘れられない。
まるでスクリーンの向こうにいる観客を見ているようだ。
「お前は何か知っているのか?」
そんなふうに問いかけられているようにも感じる。
犯人はどこにいるのか。誰なのか。なぜ捕まらなかったのか。
答えが出ないまま、こちらに視線だけが残される。
ちなみに、現実の事件では2019年に犯人が特定された。だから現在の僕たちは、映画公開当時とは違う情報を知ったうえで、このラストを観ることになる。
それでも、映画のラストが持つ怖さは変わらないと思う。
犯人がわかったからといって、失われた命が戻るわけではない。長い間苦しんだ被害者や家族の時間も戻らない。
映画『殺人の追憶』は面白い?観終わったあとに残る、何とも言えない余韻
『殺人の追憶』は、単純に面白かった、怖かったという言葉だけでは片づけにくい映画だ。
刑事たちのやり取りには笑える場面もある。ソン・ガンホの人間臭い演技も魅力的だし、事件を追うサスペンスとしても引き込まれる。
でも、その笑いのすぐ隣に、取り返しのつかない悲劇がある。
このバランスが本当にうまい。
ポン・ジュノ監督は、事件の恐ろしさだけを見せているわけではない。人間の弱さや思い込み、警察組織の問題、そして時代の空気まで描いている。
だから、観終わったあともいろいろ考えてしまう。
犯人を捕まえられなかった刑事たちへの怒りもある。被害者や家族のことを考えると、やりきれない気持ちにもなる。
それなのに、もう一度観たくなる。
僕は、こういう後味の悪さが残る映画も嫌いではない。
何でもかんでも最後に答えを出して、きれいに終わらせる必要はないと思うからだ。
ただ、観客に考えさせるだけでなく、心にずしんと残るものがある。
『殺人の追憶』は、そんな映画だと思う。
韓国サスペンスの傑作として名前が挙がるのも納得できる。
まだ観ていない人には、ぜひ一度観てほしい。
ただし、観終わったあとにスッキリした気分になれる映画ではない。
最後に残るあの視線と「普通の顔だったよ」という言葉。
きっと、しばらく頭から離れないはずだ。

コメント