映画『ブルー・バイユー』感想|自分の家なのに、なぜ帰れないのか
最後、泣いた。
悪いことをした人間が、その罪を償う。これは当然のことだと思う。
でも、何十年も前の書類の不備が原因で、ある日突然、自分の家族と引き離されるとしたらどうだろう。
生まれた国ではなく、育った国で暮らし、そこで仕事をして、愛する人と結婚して、子供を育てている。それなのに、ある日突然「あなたはこの国の人間ではありません。出ていってください」と言われる。
そんなことが本当にあるのかと思ってしまう。
映画『ブルー・バイユー』は、そんな理不尽な現実を描いた作品だ。
しかも、ただの家族の悲しい物語ではない。移民制度や国籍、養子縁組の問題まで突きつけてくる。
観終わったあと、簡単に気持ちを切り替えられる映画ではなかった。
※この記事には作品の結末に関するネタバレが含まれます。
映画『ブルー・バイユー』のあらすじ|幸せに暮らしていた家族を襲う突然の出来事
主人公は、アントニオ・ルブラン。
韓国で生まれ、3歳のときにアメリカ人の夫婦に養子として引き取られた男性だ。
彼はアメリカ南部のルイジアナで育ち、今では妻のキャシー、そして妻の連れ子であるジェシーと暮らしている。さらに、キャシーのお腹には新しい命も宿っている。
生活は決して楽ではない。
アントニオには過去の犯罪歴があり、仕事を探してもなかなか採用してもらえない。それでもタトゥーの仕事をしながら、家族のために何とか生活を支えようとしている。
そんなある日、スーパーで警官とトラブルになり、アントニオは逮捕されてしまう。
ところが、そこで思いもよらない事実が発覚する。
アントニオは、正式なアメリカ市民としての手続きが済んでいなかったのだ。
3歳からずっとアメリカで暮らしてきたのに、書類上はアメリカ国籍を持っていない。
その結果、彼に強制送還の可能性が浮上する。
いやいや、ちょっと待ってくれよ。
本人はアメリカで生まれ育ったような感覚で生きてきた。家族だっている。帰る家だってある。
それなのに、どうして今さら国を出ていかなければならないのか。
アントニオとキャシーは、家族で暮らし続けるために必死で方法を探し始める。
アントニオは悪い人間なのか?過去の過ちと今の生活
アントニオは、決して完璧な人間ではない。
過去には犯罪に手を染めたこともあるし、感情的になって周囲と衝突することもある。
だからといって、今の彼の生活まで否定されていいのだろうか。
僕が気になったのは、アントニオが必死に家族を守ろうとしているところだ。
仕事が見つからなくても、何とかお金を稼ごうとする。娘のジェシーをかわいがり、妻を支えようとする。
もちろん、彼の行動すべてが正しいわけではない。
追い詰められて、また昔の仲間と危ない仕事に手を出してしまう。
家族を守りたいという気持ちがそうさせてしまうんだなぁ
でも、人間ってなかなかきれいに生きられるものでもない。
追い詰められたとき、冷静な判断ができなくなることもある。
この映画は、アントニオをただの善人として描いているわけではない。過去の過ちも、弱さも、焦りもある。
それでも、家族と一緒に暮らしたいという気持ちは本物だ。
そこが余計につらい。
ジェシーとの関係が泣ける|血のつながりだけが家族じゃない
この映画で、僕が特に心をつかまれたのは、アントニオとジェシーの関係だ。
ジェシーはアントニオの実の娘ではない。キャシーが前の夫との間にもうけた子供だ。
それでも、アントニオにとってジェシーは大切な娘であり、ジェシーにとってもアントニオは大好きなお父さんだ。
二人でふざけたり、出かけたり、何気ない時間を過ごしたりする。
特別なことをしているわけではない。どこの家庭にもありそうな、ごく普通の親子の風景だ。
でも、それがいい。
血がつながっているかどうかなんて、二人の間では関係ないんだよね。
一緒に暮らして、笑って、心配して、毎日を過ごしてきた。その積み重ねが親子なんだと思う。
だからこそ、二人が引き離されるかもしれないという状況が本当にきつい。
家族って、何か大きな出来事があるときだけ大切さを感じるものではない。朝起きて、食事をして、くだらない話をして、また明日も一緒に過ごす。
そんな当たり前の時間こそ、失いたくないものなんだよね。
パーカーという女性がアントニオに教えてくれたこと
物語の途中で、アントニオはパーカーという女性と出会う。
彼女はベトナム系アメリカ人で、病気を抱えながら生きている。
アントニオが家族と引き離されるかもしれないと苦しんでいるとき、彼女は彼に手を差し伸べる。
自分自身もつらい状況にいるのに、アントニオのことを気にかけてくれる。
この二人の関係も、なかなか印象に残る。
アントニオは自分のことで精いっぱいになっている。家族を失うかもしれない恐怖で、不安になっている。
そんな彼に、パーカーは違う角度から物事を見るきっかけを与えてくれる。
人は、追い詰められると目の前のことしか見えなくなる。
でも、そんなときに誰かが声をかけてくれるだけで、気持ちやが考えが変わることもある。
パーカーの存在は、アントニオにとって大きかったと思う。
そして、彼女自身の人生にもまた、簡単には言葉にできない悲しさがある。
『ブルー・バイユー』は実話なのか?映画の背景にある本当の問題
ところで、この映画は実話なのだろうか。
正確には、特定の一人の人生をそのまま映画にした作品ではない。
監督・脚本・主演を務めたジャスティン・チョンは、アメリカに養子として渡り、長年暮らしてきたにもかかわらず、国籍の問題から国外退去の危機に直面した人たちの記事を読み、この作品を作ったという。
つまり、実際に起きた複数の人々の経験に着想を得た物語。
ここが、この映画の重たいところでもある。
映画の中だけの話なら「こんなひどいことがあるのか」で終わるかもしれない。
でも、現実にも似た問題があったと知ると、そう簡単には片づけられない。
アメリカでは2000年に、国際養子となった子供の市民権取得に関する法律が成立した。しかし、それ以前に養子として渡米した人たちの中には、必要な手続きが済んでおらず、市民権を得られないまま大人になった人たちがいた。
本人は自分が市民権を持っていないことを知らないまま、アメリカで暮らしている。
そして、何かのきっかけでその事実が明らかになり、国外退去の問題に直面する。
これって、本人だけの責任なのだろうか。
子供のころの手続きなんて、自分でできるわけがない。親や制度の問題であったとしても、最後に苦しむのは本人だ。
映画を観ていると、法律や書類というものが、時には人の人生をここまで大きく変えてしまうのかと考えさせられる。
映画『ブルー・バイユー』の結末|家族と一緒に暮らすことさえ許されないのか
ここからは結末のネタバレになる。
アントニオは、何とかアメリカに残ろうと必死になる。
弁護士に相談し、お金を工面し、家族と暮らし続けるためにできることを探す。
しかし、状況はどんどん悪くなっていく。
過去の犯罪歴もあり、裁判に向けての道のりは厳しい。さらに、警官デニーとの問題も重なり、アントニオは追い詰められていく。
結果、アントニオは、家族と離れることになる。
空港でのジェシーとの別れは、本当に胸が痛い。自分の事のように泣いてしまった、、、
あれだけ一緒に過ごしてきたのに、明日からは同じ家で暮らせない。父親としてそばにいてあげることもできない。
ジェシーにとっても、アントニオは大好きなお父さんだ。
それなのに、二人の気持ちとは関係なく、別れがやってくる。
ここはもう、何とも言えない。
悪いことをしたから罰を受ける、という話とは違う。
もちろん、アントニオの過去の行動には問題もある。でも、彼が家族と暮らしてきた年月までなかったことにされていいのだろうか。
法律の上では国籍がない。
でも、彼の人生は間違いなくアメリカにあった。
家族も、仕事も、思い出も、すべてそこにある。
それなのに、帰る場所を失ってしまう。
この結末を観て、すっきりした気持ちになれる人はいないと思う。
『ブルー・バイユー』を観た感想|家族と一緒にいられる。それだけで幸せなのかもしれない
この映画を観て、改めて思った。
家族と一緒に暮らせるというのは、当たり前のことではないのかもしれない。
毎日顔を合わせて、食事をして、時にはケンカをして、また仲直りする。そんな普通の生活が、実はとても大切なものなんだと思う。
僕も改めて、家族と過ごす時間を大切にしたいと思う。
もちろん、毎日が理想どおりにいくわけではないし、一人になりたいときだってある(笑)
でも、いざ一緒にいられなくなるかもしれないと思ったら、やっぱり話は違う。
アントニオは、特別なぜいたくを望んでいたわけではない。
ただ、妻と子供たちのそばで暮らしたかった。それだけなのに、その願いさえかなわない。
『ブルー・バイユー』は、そんな当たり前の幸せについて考えさせてくれる映画だった。
ジャスティン・チョンの演技もよかったし、アリシア・ヴィキャンデルが演じるキャシーの苦しみも伝わってきた。そして何より、ジェシーを演じたシドニー・コウォルスケの存在が大きい。
派手な展開や分かりやすい勧善懲悪を期待すると、少し違うかもしれない。
でも、家族とは何か、国籍とは何か、そして人が帰る場所とは何なのか。
そんなことを考えたい人には、ぜひ観てほしい作品だ。
観終わったあと、何気ない家族との時間が、いつもより少し大切に思えるかもしれない。

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