1. 「兄貴がいる限り、俺の人生はハズレ」この言葉が胸に刺さる
いやぁ、これは泣けた。
東野圭吾作品の中でも、個人的にはかなり胸に刺さった映画だ。
主演は山田孝之。兄の剛志を玉山鉄二、直貴を支える由美子を沢尻エリカが演じている。
物語の中心にあるのは、兄と弟の関係だ。
兄弟愛……いや、兄妹愛じゃないな。兄弟愛なんだけど、そんなひと言では片づけられない。
兄の剛志は、弟の直貴を大学に行かせてやりたい一心で、金を手に入れるために盗みに入る。ところが、その家の住人を殺してしまい、人生が大きく変わってしまう。
兄は罪を犯し、刑務所へ。
そして弟は、犯罪者の弟として生きていくことになる。
ここからがつらい。
直貴本人は何もしていない。それなのに、兄が犯した罪の影響が、直貴の人生に何度も押し寄せてくる。
仕事、恋愛、結婚、そして夢。
ようやく前に進めそうになったときに、また兄の存在が立ちはだかる。
そんな人生を送る直貴が、兄に対して口にするのが、
「兄貴がいる限り、俺の人生はハズレ」
この言葉だ。
これ、本心だったんだろうな。
もちろん、兄を憎みたくない気持ちもあったと思う。自分のために犯罪を犯してしまった兄を、完全に切り捨てることもできない。
でも、直貴には直貴の人生がある。
兄を大切に思う気持ちと、兄の存在によって人生を壊されていく苦しみ。その両方を抱えながら生きなければならない。
いや、こんなの簡単に割り切れるわけがない。
この映画は、兄弟の絆を描いた感動作であると同時に、家族という関係から逃げられない人間の苦しさを描いた作品でもあると思う。
2. 犯罪者の弟。それだけで、なぜ人生まで狂わされるのか
僕がこの映画でいちばん考えさせられたのは、犯罪者の家族に向けられる世間の目だ。
直貴自身は犯罪を犯していない。
それなのに、兄が殺人を犯したという事実だけで、周囲の人間から距離を置かれてしまう。
引っ越しをしても、仕事を変えても、恋愛をしても、兄の存在が影を落とす。
本人がどれだけ真面目に生きようとしても、周りがそれを認めてくれない。
これって、ものすごく理不尽な話だと思う。
もちろん、現実には犯罪に関わった人の家族に対して、被害者側の感情や地域社会の不安など、いろいろな事情が絡むこともある。
ただ、家族だからという理由だけで、本人まで同じように扱っていいのか。
そこは別の問題だよね。
直貴は、夢だったお笑いの道にも影響を受ける。
自分の力で何とかしようとしているのに、過去を変えることはできない。しかも、その過去は自分が犯した罪ですらない。
どれだけ頑張っても、世間が勝手に貼りつけたレッテルをはがせない。
山田孝之の演技が、またいいんだよね。
いささか失礼かもしれないけど、あの追い詰められたような表情は、ほかの作品でも見かける。僕はあの表情が好きだ。
大げさに泣き叫ぶのではなく、心の中にたまっていく怒りや諦めが、顔にじわじわと表れてくる。
「もう勘弁してくれよ」
そんな声が聞こえてきそうな表情なんだよね。
人は、誰かの人生を簡単に判断してしまうことがある。
「あの人の兄は犯罪者だから」
たったそれだけの情報で、その人自身まで決めつけてしまう。
でも、直貴を見ていると、そんな判断がどれほど残酷なことなのかを思い知らされる。
罪を犯した人間と、その家族は、本当に同じように扱われるべきなのか。
この映画は、その問いを簡単には終わらせてくれない。
3. 玉山鉄二が演じる兄・剛志。弟思いだからこそ、余計につらい
個人的には、兄の剛志を演じた玉山鉄二もかなり印象に残っている。
この兄を、単純に「かわいそうな人」と見ることはできない。
弟を大学に行かせてやりたい。その思い自体は、本物だったんだと思う。
でも、そのために犯罪を犯してしまった。
しかも、人の命を奪ってしまった。
どれだけ弟を思っていたとしても、犯した罪が消えるわけではない。被害者や、その家族の苦しみを考えれば、剛志の行動を美談にすることもできない。
ここが、この映画の苦しいところだ。
悪人なのか、弟思いの兄なのか。
どちらか一方だけでは割り切れない。
剛志は弟を大切に思っている。でも、その思いから起こした行動が、結果的に弟の人生まで苦しめてしまう。
本人にとっては、弟のためにしたことだったのかもしれない。
ところが、直貴にとっては、その善意が一生消えない重荷になってしまう。
愛情があれば、すべてがうまくいくわけではないんだよね。
むしろ、相手を思う気持ちが強いからこそ、間違った方向へ進んでしまうことだってある。
玉山鉄二は、その矛盾を抱えた男を演じている。
弟を思う気持ちは理解できる。でも、やったことは許されない。
観ている側も、剛志に対して単純な感情を持てない。
弟のために何とかしてやりたいと思ったこと自体を否定したいわけではない。でも、その結果、ひとりの人間の命を奪い、弟の人生にも深い傷を残してしまった。
どうすればよかったのか。
もっと別の方法があったんじゃないか。
そんなことを考えても、もう過去には戻れない。
この映画は、善意から始まった行動であっても、取り返しのつかない結果を生むことがあるという現実を突きつけてくる。
だから、ただ兄弟愛に泣かされるだけでは終われないんだと思う。
4. 沢尻エリカ演じる由美子。たった一人でも信じてくれる人がいるということ
そして、直貴の人生を支える由美子。
いやぁ、由美子の存在はヤバい!!
もう、惚れるレベル(笑)。
世間から否定され、何度も傷つき、自分の人生に希望を持てなくなりそうな直貴。
そんな彼のそばにいてくれるのが、由美子なんだよね。
人間って、結局こういう存在に救われるんだと思う。
周りの人間がみんな自分を疑っているように感じるとき、自分のことを信じてくれる人が一人でもいる。
それだけで、もう少し頑張ってみようと思えることがある。
もちろん、一人の人間がいればすべて解決する、というほど簡単な話ではない。
直貴の苦しみは、由美子が現れたからといって消えてしまうわけではないし、兄の犯した罪がなかったことになるわけでもない。
それでも、誰かが自分を信じてくれるということには、大きな意味がある。
直貴に必要だったのは、過去を知らないふりをしてくれる人だけではなかったんじゃないだろうか。
過去を知ったうえで、それでも自分自身を見てくれる人。
兄の罪と、直貴という人間を分けて考えてくれる人。
そんな存在がいることは、どん底にいる人間にとって、どれほど心強いことだろう。
由美子を見ていると、誰かを支えるというのは、相手の問題を全部解決してあげることではないんだと思う。
逃げずに話を聞くこと。相手を一人の人間として見ること。そして、周囲がどう言おうと、自分の目で相手を判断すること。
言葉にすると簡単だけど、実際にそれを貫くのは難しい。
だからこそ、由美子の存在が胸に残る。
世間の目は変えられないかもしれない。過去も消せないかもしれない。
それでも、自分を信じてくれる人がいる。
そのことが、直貴にとってどれほど大きな支えになったのか。
この映画を観ていると、そんな人間関係のありがたさまで考えさせられる。
5. 犯罪とは何なのか。そして、ラストはやっぱり泣く
この映画を観終わって、どうしても考えてしまうのが、
「犯罪って、本人だけのものなのか?」
という問いだ。
犯罪を犯したら、責任を取らなければならない。それは当然のことだ。
被害者や、その家族が受ける苦しみを考えれば、加害者側の事情だけを語って終わるわけにもいかない。
でも、犯罪を犯した人間の家族まで、社会から距離を置かれたり、差別されたりすることは、本当に仕方のないことなのだろうか。
もちろん、被害者の気持ちも簡単には語れない。
大切な人を奪われた側からすれば、加害者の家族が普通に生活していることさえ、受け入れがたい場合もあるかもしれない。
だから、「家族は悪くない」と言えば、すべて解決する話でもない。
この映画は、そこをきれいごとで片づけていないところがいい。
加害者にも家族がいる。
被害者にも家族がいる。
そして、事件によって人生を変えられてしまう人間がいる。
それぞれに事情があり、それぞれに苦しみがある。
だからこそ、簡単に答えを出せない。
直貴の立場になったら、自分はどうするだろう。
兄を許せるだろうか。
兄との関係を断ち切れるだろうか。
自分の人生を守るために、どこまで冷酷になれるだろう。
そして、自分が被害者の家族だったら、加害者の弟をどう見るだろう。
考えれば考えるほど、簡単な答えは見つからない。
この映画は、ただ泣かせるための感動作というより、「お前ならどうする?」と、こちらに問いかけてくる映画なんだと思う。
そして、ラスト。
やっぱり泣く。
小田和正の歌が流れてくると、もうダメだ。
それまで積み重なってきた直貴の苦しみや、兄との関係、周囲の人間との葛藤。そうしたものが一気に胸に押し寄せてくる。
音楽の力も大きいと思う。
ただ、泣けるからいい映画というだけではない。
観終わったあとに、犯罪と家族、責任と愛情、許すことと許せないことについて、あれこれ考えてしまう。
そこが、この映画の本当の強さなんじゃないだろうか。
兄弟の絆に泣き、直貴の人生に胸を痛め、由美子の存在に救われる。
でも最後には、ひとつの問いが残る。
罪を犯した人間の家族は、どこまでその罪を背負わなければならないのか。
答えは簡単には出ない。
だからこそ、何年経っても心に残る映画なんだと思う。
『手紙』は、泣ける映画を探している人にもおすすめしたい。
ただし、涙を流してスッキリするだけの映画ではない。
観終わったあと、自分ならどうするのかを考えずにはいられない作品だ。
