映画『同じ月を見ている』の感想|人を思う気持ちは、どうしてこんなにも複雑なんだろう
1. 友情なのか、嫉妬なのか。3人の関係が切なすぎる
この映画を観ていると、人間って本当に面倒くさい生き物だなと思う。
誰かを大切に思う気持ちは、きれいなものだ。
でも、その気持ちが強くなりすぎると、嫉妬になったり、独占欲になったり、自分でもどうにもできない感情に変わってしまうことがある。
『同じ月を見ている』は、そんな人間の心の複雑さを描いた作品だと思う。
物語の中心にいるのは、幼なじみの3人。
医師を目指す青年・熊川鉄矢を窪塚洋介、鉄矢の幼なじみで不思議な能力を持つドンをエディソン・チャン、そして2人が思いを寄せるエミを黒木メイサが演じている。
幼い頃、3人は一緒に過ごしていた。
ところが、ある出来事をきっかけに、それぞれの人生は大きく変わってしまう。
鉄矢はエミの心臓病を治したいという思いから医師の道へ進む。そして、エミとの結婚を目前にした頃、かつての幼なじみであるドンが刑務所を脱走したという知らせが届く。
ドンは、7年前に起きた山火事でエミの父親を死なせた事件に関わっていた。
ここから、止まっていた時間が再び動き始める。
ただ、これは単純に「昔の友人が戻ってきて、恋人を奪い合う」という話ではないんだよね。
3人の間には、長い時間をかけて積み重なった感情がある。
友情、愛情、嫉妬、罪悪感。
どれも簡単に切り離せるものではない。
誰かを大切に思っているからこそ、相手の幸せを願いたい。でも、その幸せが自分以外の誰かと一緒にあるとしたら、素直に喜べるだろうか。
いやぁ、人間って難しい。
頭では分かっていても、気持ちがついていかないことってあるからね。
この映画の切なさは、まさにそこにあると思う。
2. 窪塚洋介が演じる鉄矢。人間の弱さが、なんともリアル
窪塚洋介という俳優は、やっぱり独特の存在感がある。
作品によって雰囲気が大きく変わるし、ちょっとした表情や目つきにも、その人物の抱えているものが表れる。
この映画で演じる鉄矢は、医師を目指す青年だ。
エミの病気を治したい。彼女と一緒に生きていきたい。
その思いは、決して悪いものではない。
むしろ、大切な人を救いたいという気持ちは、とてもまっすぐだと思う。
でも、鉄矢の心の中には、それだけでは説明できない感情もある。
ドンという存在だ。
ドンは、鉄矢にとって幼い頃からの友人でありながら、自分にはないものを持っているように見える男でもある。
人の心を感じ取る不思議な能力。そして、どこか純粋で、他人の痛みに寄り添うような姿。
そんなドンと自分を比べてしまったら、どうなるだろう。
自分だってエミを大切に思っている。
自分だって彼女を救いたい。
それなのに、ドンには自分にはない何かがある。
そう考えたとき、友情だけでは片づけられない感情が生まれてくる。
鉄矢は、決して最初から悪人として描かれているわけではない。
むしろ、誰にでもありそうな弱さを抱えた人間なんだと思う。
人と比べてしまう。嫉妬してしまう。自分の弱さを認められない。
そして、そんな自分を知られたくない。
こういう感情は、誰にでも多少はあるんじゃないだろうか。
もちろん、だからといって何をしても許されるわけではない。
でも、人間の弱さを理解することと、その行動を正当化することは別だ。
鉄矢を見ていると、その違いについて考えさせられる。
自分の弱さを認めるのは、なかなか難しい。
特に、好きな人の前では、格好いい自分でいたいものだ。
でも、弱さを隠そうとすればするほど、かえって自分自身を追い詰めてしまうこともある。
鉄矢の姿には、そんな人間らしい苦しさがあると思う。
3. エディソン・チャン演じるドン。人の心が分かる男の孤独
この映画で印象的なのが、エディソン・チャン演じるドンだ。
ドンは、人の心を感じ取る不思議な能力を持っている。
普通なら、相手の気持ちが分かるなんて、うらやましい能力だと思うかもしれない。
言葉にしなくても、相手が何を考えているのか分かる。
本音を隠されても、気持ちを読み取ることができる。
人間関係で悩むことも少なくなりそうだ。
でも、本当にそうだろうか。
人の心が分かるということは、相手の優しさだけではなく、嫉妬や怒り、憎しみまで感じ取ってしまうということでもある。
口では「大丈夫」と言っていても、心の中では自分を嫌っているかもしれない。
笑顔を向けてくれていても、本当は別のことを考えているかもしれない。
そんなことまで分かってしまったら、人を信じるのが怖くなりそうだ。
ドンは、どこか純粋で、人を疑うことを知らないような雰囲気がある。
けれど、その純粋さは、世間を知らないという意味だけではないと思う。
他人の心に触れることができるからこそ、人間の痛みや苦しみを感じ取ってしまう。
だからこそ、目の前で苦しんでいる人を放っておけないのかもしれない。
一方で、その優しさが、周囲の人間にとっては複雑な感情を生むこともある。
誰かに優しくできる人が、必ずしも周りから好かれるとは限らない。
その人の純粋さが、自分の醜さを突きつけてくるように感じることもあるからだ。
ドンは、鉄矢にとって、そんな存在でもあるのだろう。
自分にはないものを持っている友人。
大切な人を思う気持ちは同じはずなのに、なぜか自分よりも相手の心に近づけてしまう男。
比べるつもりがなくても、比べてしまう。
友情というのは、相手をそのまま認められるときには心地いい。でも、自分の劣等感を刺激されると、急に苦しい関係に変わってしまうことがある。
ドンの優しさと、鉄矢の弱さ。
この2人の対比があるからこそ、物語が単純な友情物語では終わらないんだと思う。
4. 同じ月を見ているのに、同じ気持ちではいられない
タイトルの『同じ月を見ている』という言葉が、なんともいい。
同じ場所にいなくても、同じ月を見ることはできる。
離れて暮らしていても、同じ空を見上げることはできる。
それは、どこかロマンチックな話にも聞こえる。
でも、この映画を観ていると、同じ月を見ているからといって、同じ気持ちでいられるわけではないんだなと思う。
同じ出来事を経験しても、人によって受け止め方は違う。
同じ人を大切に思っていても、その思いが同じ形になるとは限らない。
誰かを守りたいと思う気持ちが、別の誰かを傷つけてしまうことだってある。
人間関係って、そういうものなのかもしれない。
たとえば、好きな人のために何かをしてあげたいと思う。
相手のためを思って行動したつもりでも、相手が望んでいることとは違う場合がある。
自分では愛情のつもりでも、相手からすれば重荷になってしまうこともある。
だからといって、誰かを思う気持ちが無意味だということではない。
ただ、気持ちがあるだけでは、うまくいかないこともあるということだ。
この映画に登場する3人も、それぞれに相手を思っている。
でも、その思いは同じ方向を向いているわけではない。
誰かの幸せを願いながら、自分の幸せも手放せない。
相手を大切にしたいのに、自分の苦しさも抑えられない。
そうした矛盾が、3人の関係を少しずつ複雑にしていく。
僕は、こういう人間の不器用さを描いた物語が好きだ。
善人と悪人に分ければ簡単なのに、そうはできない。
誰かを責めたくなる場面があっても、その人物の気持ちを考えると、簡単に切り捨てられなくなる。
もちろん、行動の責任はある。
でも、人間の心は、正しいか間違っているかだけでは説明できないんだよね。
同じ月を見ていても、同じ景色を見ていても、心の中にあるものは違う。
その当たり前のことが、このタイトルには込められているように感じる。
5. 人を思う気持ちは美しい。でも、それだけでは救えないこともある
『同じ月を見ている』は、友情や恋愛を描いた作品でありながら、人間の弱さや嫉妬、罪悪感についても考えさせられる映画だ。
誰かを大切に思う気持ちは、美しい。
でも、その気持ちがあれば、すべてがうまくいくわけではない。
相手を救いたいと思っても、救えないことがある。
相手の幸せを願っていても、その幸せを素直に喜べないことがある。
そして、自分の弱さを認められないために、大切な人を傷つけてしまうことだってある。
そんな人間の矛盾が、この映画には詰まっている。
窪塚洋介の演じる鉄矢は、誰もが持っているかもしれない弱さを見せてくれる。
エディソン・チャンのドンは、他人の痛みに寄り添うことの尊さと、その純粋さが生む孤独を感じさせる。
そして、黒木メイサ演じるエミもまた、2人の男性の感情に巻き込まれながら、自分自身の人生を生きている。
3人それぞれに事情があり、それぞれに苦しみがある。
だからこそ、誰かひとりだけを悪者にして終わることができない。
ただ、現実の人間関係でも、相手の気持ちを理解することと、相手の行動を許すことは別だと思う。
どんな事情があっても、傷つけられた側の痛みが消えるわけではない。
それでも、なぜその人がそんな行動を取ってしまったのかを考えることには意味がある。
人間は、いつも正しい判断ができるわけじゃない。
大切な人を前にすると、冷静でいられなくなることもある。
自分の弱さを認めたくなくて、意地を張ってしまうこともある。
そんな不器用さも含めて、人間なんだろうね。
『同じ月を見ている』は、観終わったあとに、登場人物たちのことをあれこれ考えたくなる映画だ。
誰がいちばん悪かったのか。
誰がいちばん苦しんでいたのか。
そして、自分だったら、同じ状況でどうしていただろうか。
簡単な答えは出ない。
でも、そこがこの作品の魅力なのだと思う。
同じ人を思っていても、同じ気持ちにはなれない。
それでも、相手を理解しようとすることはできる。
この映画を観ていると、そんな当たり前だけれど難しいことを、改めて考えさせられる。
