映画『プリズナーズ』の感想|娘がいなくなったら、自分はどうするだろう?
※この記事には、物語の結末に関するネタバレが含まれます。
いやぁ、重たい映画だった。
『プリズナーズ』は、娘を誘拐された父親が、必死になって娘を探し出そうとするサスペンス映画。
主演はヒュー・ジャックマン。刑事役にはジェイク・ギレンホール。
この二人が出ているだけでも期待してしまうけれど、実際に観てみると、想像していた以上にきつい内容だった。
感謝祭の日、ケラーの娘アナと、その友人ジョイが突然いなくなってしまう。
家族で楽しく過ごしていたはずなのに、ほんの少し目を離した隙に二人の姿が消えてしまった。
警察が捜査を始めるものの、手がかりは少ない。容疑者らしき青年もいるのに、決定的な証拠がなく釈放されてしまう。
父親のケラーからすれば、そんなことを言われても納得できるはずがない。
娘がどこにいるのか分からない。生きているのかどうかさえ分からない。
この状況で、冷静でいられる父親なんているのだろうか。
観ながら、そんなことを何度も考えた。
ヒュー・ジャックマンが怖い!娘を救いたい父親の変化
この映画で一番印象に残ったのは、やっぱりヒュー・ジャックマンの演技。
普段の彼といえば、どうしても『X-MEN』のウルヴァリンのイメージが強い。ところが今回は、家族を愛する普通の父親から、少しずつ追い詰められていく男を演じている。
最初は、娘を心配する父親として当然の行動を取っているように見える。
ところが、捜査が進まないことに我慢できなくなり、ついに容疑者だったアレックスを自分で拉致してしまう。
そして、娘の居場所を聞き出そうと拷問まで始める。
ここは本当にきつい。
もちろん、やっていることは間違っている。相手が犯人だという確証もないのに、勝手に監禁して痛めつけるなんて許されることではない。
でも、映画を観ていると、ケラーの気持ちも分からなくはないんだよなぁ。
自分の子どもがいなくなって、警察に任せているだけでは何も進まない。時間だけが過ぎていく。
もし自分だったら、どうするだろう。
頭では警察に任せるべきだと分かっていても、目の前に娘を連れ去ったかもしれない人間がいたら、何もしないでいられるのか。
そんな自信はない。
だからといって、ケラーの行動を正当化するつもりもない。
このあたりの気持ちが、観ていて本当に複雑だった。
娘を助けたいだけなのに、いつの間にか別の人間を傷つけている。父親としての愛情が、どんどん危険な方向へ向かっていく。
ヒュー・ジャックマンの表情を見ているだけでも、その追い詰められ方が伝わってくる。
ジェイク・ギレンホール演じる刑事ロキがいい!
もう一人、忘れてはいけないのが刑事ロキを演じるジェイク・ギレンホール。
この人もいい仕事をしている。
ケラーが感情のままに動いていくのに対して、ロキは何とか冷静に事件を解決しようとする。
ただ、捜査はなかなか進まない。
最初に疑われたアレックスには知的な障害があり、まともに話を聞き出すことも難しい。さらに、ボブ・テイラーという怪しい男まで現れ、事件はどんどん複雑になっていく。
このボブがまた不気味なんだよね。
家から見つかるものも普通ではないし、行動も何を考えているのか分からない。
観ているこちらも、こいつが犯人なのか? いや、違うのか? と、何度も考えさせられる。
ロキも決して完璧な刑事ではない。焦りもあるし、捜査が思うように進まない苛立ちも感じられる。
それでも、一つずつ手がかりを追いかけていく姿には引き込まれた。
ヒュー・ジャックマンが感情をむき出しにしている一方で、ジェイク・ギレンホールは目の動きやちょっとした表情で見せてくる。
この二人の対比がいい。
プリズナーズのネタバレ考察|本当の犯人は誰だったのか?
ここからはネタバレになるけれど、事件の真相を知ったときは、かなり驚いた。
実は、アレックスは今回の誘拐事件の犯人ではなかった。
彼の本当の名前はバリー・ミラン。幼いころに誘拐され、長い間、異常な環境で過ごしてきた被害者だった。
つまり、ケラーが犯人だと思い込んで監禁し、拷問していた相手は、実は過去に誘拐された人間だったということ。
これはつらい。
そして、本当の黒幕はホリー・ジョーンズという女性だった。
ホリーと夫のジョンは、過去に自分たちの子どもを亡くしていた。その悲しみから神への怒りを募らせ、ほかの家族にも同じ苦しみを味わわせようと、子どもたちを誘拐していた。
なんとも身勝手な話だ。
自分たちが不幸になったから、ほかの家族も不幸にしてやる。そんな理由で、何の罪もない子どもたちを巻き込んでいく。
しかも、ホリーは見るからに怪しい人物ではない。
普通のおばさんに見えるし、まさかこんなことをしているとは思わない。
そこがまた怖い。
映画の中では、怪しい人物が何人も出てくるので、こちらも勝手に疑ってしまう。ところが、最後になって本当の犯人が分かると、それまでの出来事がつながってくる。
そして何より、アレックスが被害者だったという事実が重い。
ケラーは娘を救いたくて必死だった。でも、その必死さが、何も知らない人間を苦しめてしまった。
この映画は、正しいと思い込んでいることが、実はとんでもない間違いかもしれないと感じさせる。
衝撃のラスト!ケラーは助かったのか?
終盤、ロキはホリーの家にたどり着き、監禁されていたアナを救い出す。
ようやく娘が見つかった。
ところが、ケラーはホリーに捕まり、地下に隠された穴の中に閉じ込められてしまう。
ここからの展開も、なかなか残酷。
せっかく娘を救うところまでたどり着いたのに、肝心の父親が戻ってこない。
そして映画は、ケラーのその後をはっきり描かないまま終わってしまう。
最後、ロキが現場でかすかな音を聞く。
それは、ケラーが吹いていた笛の音だった。
ロキは何かに気づいたように立ち止まる。
ここで終了。
いやいや、そこで終わるのか(笑)。
普通なら、ケラーが助け出されるところまで見せてほしい。でも、あえて答えを見せないところが、この映画らしいのかもしれない。
助かったと信じたいけれど、確実なことは分からない。
事件は解決したように見えるのに、最後の最後まで不安が残る。
このラストは、観終わってからもずっと頭に引っかかった。
映画『プリズナーズ』のタイトルの意味|囚われていたのは誰なのか?
タイトルの『プリズナーズ』は、日本語にすると「囚人たち」という意味。
もちろん、実際に監禁されていた人たちを指しているのだろう。
でも、観終わってから考えると、それだけではないように思える。
ケラーは娘を救いたいという思いに囚われている。ホリーは過去の悲しみや憎しみに囚われている。そしてアレックスも、幼いころに受けた傷から抜け出せないまま生きている。
みんな、それぞれ何かに縛られている。
人間は、怒りや悲しみが大きくなると、そこから抜け出すのが難しくなることがある。
ケラーも、最初はただ娘を助けたかっただけなのに、いつの間にか自分の正しさを信じて突き進んでしまった。
そう考えると、タイトルの意味もなかなか深い。
映画『プリズナーズ』を観終わって|親なら何をしても許されるのか?
『プリズナーズ』は、かなり見応えのあるサスペンス映画だった。
犯人が誰なのか分からないまま、少しずつ真相に近づいていく展開も面白いし、ヒュー・ジャックマンとジェイク・ギレンホールの演技も素晴らしい。
ただ、僕が一番考えさせられたのは、やっぱりケラーの行動。
親が子どもを守りたいと思うのは当然だし、その気持ちは痛いほど分かる。
でも、子どもを助けるためなら、何をしてもいいのだろうか。
もし自分の家族が同じ目に遭ったら、冷静でいられる自信はない。きれいごとだけでは済まないと思う。
だからこそ、この映画は簡単に答えを出させてくれない。
ケラーの行動は間違っている。でも、彼を責めるだけで終わらせることもできない。
観ている側まで、どこか追い詰められていくような感覚がある。
明るい映画ではないし、観終わってスッキリする作品でもない。
それでも、最後まで目が離せなかった。
犯人探しの面白さだけではなく、人間の怖さや、家族を思う気持ちの危うさまで描いている。
サスペンスが好きな人には、ぜひ観てほしい一本。
ただし、かなり重たいので、気分が落ち込んでいるときは少し覚悟して観たほうがいいかもしれない。
それにしても、あのラスト。
あれは反則だよなぁ(笑)。

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