映画『舟を編む』感想・ネタバレ考察|登場人物の相関図やロケ地、小説との違いは?辞書作りに人生を懸けた人々の感動作

映画『舟を編む』の感想|たった一冊の辞書に、これほど人生を懸けられるのか

こういう映画を観ると、普段何気なく使っている言葉について、ちょっと考えさせられる。

辞書を作る映画と聞くと、正直なところ、最初は地味な作品を想像してしまうかもしれない。派手な事件が起きるわけでもないし、誰かと誰かが命懸けで戦うわけでもない。

ところが、観始めるとこれがなかなか面白い。

一つの言葉を調べ、意味を考え、用例を集め、何度も議論を重ねる。そんな地道な作業の積み重ねが、やがて一冊の辞書になっていく。

しかも、辞書作りに関わる人たちが、みんな少し不器用で、どこか変わっている(笑)。

でも、その不器用さがいい。

何かに夢中になっている人間というのは、やっぱり魅力があるんだなと思う。

この映画は辞書を作る話であると同時に、仕事とは何か、好きなことに人生を懸けるとはどういうことかを描いた作品でもある。

登場人物の相関図|馬締と西岡、正反対の二人が辞書作りを支える

物語の中心にいるのは、松田龍平演じる馬締光也(まじめ・みつや)

名前からして、もう真面目そのもの(笑)。

人との会話が苦手で、自分の気持ちをうまく伝えることも得意ではない。ところが、言葉そのものに対する感覚は鋭く、辞書編集部の人たちが見逃してしまうような言葉のニュアンスにも気づく。

そんな馬締が、新しい辞書『大渡海』の編集に関わることになる。

一方、オダギリジョー演じる西岡正志は、馬締とは正反対のタイプだ。

人付き合いがうまく、世渡り上手で、周囲との調整も得意。辞書作りに対する熱意は、馬締ほど表に出てこないように見える。

でも、この二人の関係が実にいい。

一見すると、馬締のような人間が辞書作りに向いていて、西岡は少し軽い存在に見えるかもしれない。しかし、仕事というのは専門知識や熱意だけで成り立つものではない。

人と人をつなぐ役割も必要だし、組織の中で物事を前に進める力も必要になる。

馬締には馬締の才能があり、西岡には西岡の才能がある。

さらに、辞書編集部を支える荒木公平(小林薫)や、辞書の監修を務める松本朋佑先生(加藤剛)など、それぞれ違った立場の人たちが関わっていく。

登場人物の相関図を整理してみると、馬締を中心に、辞書編集部の仲間、辞書の監修者、そして馬締の人生に関わる人たちがつながっていることが分かる。

そして、馬締の人生に大きな影響を与えるのが、宮﨑あおい演じる林香具矢だ。

言葉を扱う仕事をしているのに、好きな女性に自分の気持ちを伝える言葉が見つからない馬締。これはなかなか皮肉な話だ(笑)。

でも、そんな不器用な二人の関係が、作品に温かさを与えている。

辞書作りの仕事が面白い|一つの言葉に何年も向き合う人たち

この映画で特に面白いのは、辞書が完成するまでの過程だ。

普段、辞書を開くときに、そこに書かれている言葉の意味を深く考えることはあまりない。

分からない言葉があれば調べる。それだけだ。

でも、その説明文を作るために、どれほどの時間と労力がかかっているのか。

言葉の意味は一つではない。時代によって変わることもあるし、同じ言葉でも使う人や状況によってニュアンスが違ってくる。

だからこそ、編集者たちは簡単に結論を出せない。

「この説明で本当に伝わるのか?」

「この言葉の意味を、きちんと表現できているのか?」

そんなことを何度も考え、議論し、修正していく。

いやぁ、これは気が遠くなる仕事だ。

しかも、辞書は完成した瞬間がゴールではない。言葉は生きているから、新しい言葉が生まれ、意味が変化し、時代に合わせて更新していかなければならない。

ちなみに、映画に登場する『大渡海』は架空の辞書だが、実際の辞書編集の世界にも、膨大な用例を集めて言葉の意味を検討する地道な作業がある。

華やかさとは無縁かもしれない。でも、こういう仕事があるからこそ、私たちは言葉を理解し、誰かに自分の気持ちを伝えることができる。

普段は当たり前すぎて気づかないけれど、辞書というのは、たくさんの人の時間と情熱が詰まった一冊なんだと思う。

原作小説との違いは?映画ならではの人物描写と時間の流れ

『舟を編む』は、三浦しをんの同名小説を原作にした2013年公開の映画だ。

原作小説では、辞書編集部の人間関係や、それぞれの人物の内面が丁寧に描かれている。映画では限られた時間の中で物語を伝えるため、エピソードや人物の描写が整理され、映像ならではの見せ方に変わっている。

原作者の三浦しをんさんも、映画化にあたって小説とは違う表現が生まれたことを評価している。小説では登場人物の視点を切り替えながら描ける一方、映画では同じ画面に複数の人物を登場させることで、人間関係や感情の動きを見せられる。これは確かに、映像作品ならではの面白さだと思う。

松田龍平の独特な雰囲気は、馬締という人物にぴったりだ。言葉を探すときの表情や、相手に気持ちを伝えようとして戸惑う姿など、細かな演技が実にいい。

オダギリジョーも素晴らしい。馬締とは違うタイプの人間でありながら、辞書作りを支える西岡の存在感をしっかり出している。

そして宮﨑あおいの自然な演技も、この映画に温かさを与えている。

原作小説を読んでから映画を観るのもいいし、映画を観てから小説を手に取るのもいい。

個人的には、まず映画で登場人物たちの雰囲気を感じて、そのあと小説でそれぞれの心の動きをじっくり追いかけるのも面白いと思う。

映画を観終わったあと、辞書を開いてみたくなる。そんな作品だ。

ロケ地を調べたくなる|映画に流れる静かな時間と空気

『舟を編む』は、出版社の辞書編集部を中心に物語が進んでいく。

辞書作りという仕事の性質もあって、作品全体に落ち着いた空気が流れている。編集部の机や本棚、資料に囲まれた空間など、派手ではないけれど、長い時間をかけて仕事をしている人たちの生活が感じられる。

映画を観たあとにロケ地や撮影場所を調べたくなる人もいるだろう。

ただ、この作品の場合、観光名所を次々と見せるタイプの映画ではない。むしろ、仕事場や日常の風景が物語の空気を作っている。

ロケ地巡りをするなら、映画に登場した場所が現在も残っているのか、一般の人が訪問できる場所なのかを事前に確認しておきたい。撮影に使われた施設でも、現在は立ち入りができない場合があるからだ。

それでも、作品を観たあとに撮影場所を調べてみると、映画の世界が少し身近に感じられるものだ。

ただ、この映画で一番印象に残るのは、特定の場所というよりも、そこで働く人たちの姿だと思う。

何年もかけて一冊の辞書を作る。そのために、自分の時間を使い、仲間とぶつかり、時には悩みながら前に進んでいく。

そんな人たちを見ていると、仕事というものの意味を改めて考えさせられる。

『舟を編む』を観終わって|何かに夢中になれる人生は幸せだ

この映画を観て思ったのは、何かに夢中になれる人は、それだけで幸せなのかもしれないということ。

もちろん、好きなことだけをして生きていけるほど、世の中は甘くない。仕事には面倒なこともあるし、思いどおりにならないこともある。

それでも、自分が大切だと思えるものに時間を注げるのは、素晴らしいことだと思う。

馬締たちは、辞書を作るという仕事に人生の一部を懸けている。

誰かに褒められるためでも、大金を稼ぐためでもない。ただ、自分たちが納得できる辞書を作りたい。その思いが、何年もの時間を支えている。

これって、簡単そうでなかなかできることではない。

自分の仕事を振り返ってみても、ここまで一つのことに真剣に向き合ったことがあるだろうか、と考えてしまった。

それに、言葉というのは不思議なものだ。

たった一言で人を傷つけることもあれば、たった一言で救うこともある。伝えたつもりでも伝わらなかったり、何気なく口にした言葉が相手の心に残っていたりする。

だからこそ、言葉の意味を丁寧に考える人たちの姿が、こんなにも心に響くのだろう。

派手な展開や大きな感動を求める人には、少しゆっくりした映画に感じるかもしれない。

でも、仕事に打ち込む人の姿や、人とのつながり、何かを成し遂げるまでの時間を描いた作品が好きな人には、ぜひ観てほしい。

観終わったあと、いつも使っている言葉を少しだけ大切にしたくなる。

そんな余韻を残してくれる映画だった。

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