インファナル・アフェア 3部作

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『インファナル・アフェア』5回は観た

警察に潜入したマフィアとマフィアに潜入した警察官

二人は立場こそ正反対だが、実は同じような人生を歩んでいる。

自分の本当の身分を隠し、別の人間として生き続ける。

自分を失いそうになるまで追い込まれていく。

ここが、このシリーズの一番怖いところだと思う。

第1作は、とにかく緊張感が凄い。

警察側にもマフィア側にも内通者がいる。

誰が味方で、誰が敵なのか。

観ているこちらまで疑心暗鬼になってくる。

アンディ・ラウとトニー・レオンのファンになったのはこの映画から

どちらかと言うと、静かな映画かなと思う。

特にトニー・レオンのヤンには、長年潜入捜査を続けてきた男の疲れと孤独が滲んでいる。

「もう普通の人生には戻れないんじゃないか」

そんな空気がずっと付きまとっている。

一方のラウも、警察官として生きながら、過去を知る人間に怯え続ける。

こちらはこちらで、自分の正体を守るために何かを犠牲にしていく。

この映画、誰が勝者?って思い出してしまう。

まぁ、そこが面白んだけど。


2作目は第1作の続編というより、なぜこうなってしまったんだ?の作品

個人的には、このIIを観ることで第1作の人物たちがさらに立体的に見えてくる。

ぞれぞれの過去も段々と分かっていく。

第1作が「二人の男の心理戦」だとすれば、IIはもっと大きな人間関係の物語。

香港という街そのものが、古い時代から新しい時代へ変わっていく。

ちょうどその時代に香港によく行ってたので余計に景色を思い出してしまう。

そんな事考えると、単なるマフィア映画ではなく、時代の変化に飲まれた香港という街もドラマになる

若いラウとヤンを演じるエディソン・チャンとショーン・ユーもいい。

後の二人を知っているからこそ、若い頃の姿を観ると余計に切なくなる。


ここまで来ると、単純な潜入捜査映画ではなくなる。

ラウは警察官として生き残った。

それでもラウの中にはヤンの存在が残り続ける。

IIIは、事件の謎を追うというより、心理劇になっている。

そして、ここで第1作からの出来事が違う角度から見えてくる。

だから三部作を全部観ると、第1作だけを観た時とは印象が変わる。

最初は「どちらが勝つのか」という映画に見える。

でも最後まで観ると、

「そもそも勝ちって何なんだ?」

という気持ちになる。

これが『インファナル・アフェア』の醍醐味

このシリーズは、銃撃戦や派手なアクションを楽しむ映画というより、心理映画だと思う。

もちろん香港映画らしい緊張感もある。

でも本当に怖いのは銃や暴力ではなく、自分の存在を隠して生きるということ。

長い間、別人として生きていると、人間は自分自身さえ分からなくなる。

警察官なのか、マフィアなのか。

善なのか、悪なのか。

そして最後には、自分の存在すら疑うのかも、というところまで行ってしまう。

そこが、この映画のタイトルにある「無間」という言葉にも繋がっているように感じる。

こにかく、3部作を全部観て欲しい。

そうすると、最初に観た時には気づかなかった人物の表情やセリフが、全然違って見えてくる。

そして何より、アンディ・ラウとトニー・レオン。

この二人が向かい合っているだけで画面に緊張感が生まれる。

派手さだけではない、香港映画の底力を感じる三部作だった。

因みに、この映画ではエレベーターの「4階」ない。

ヤンとウォンがエレベーターに乗る場面でも4階を飛ばしている

これは香港・中国圏では「4」が「死」と発音が似ているため、縁起が悪い数字とされる文化を反映したもの。
「死」を避けるというのが妙に意味深。

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